STORY
#01
《前編》
壁に掛かった時計の長針が12を指したその瞬間、練習スタジオのドアが開く。
不動「悪いな。待たせたか?」
綜馬「ううん。時間ぴったり。さすがだね」
不動「その箱……差し入れか?」
綜馬「ここに来る途中の駅のポップアップショップで売ってたドーナツ。大事なミーティングだし、気分転換に甘いものが欲しくなるかなと思って」
不動「……言ってくれれば俺が買ってきたのに」
綜馬「それじゃ意味ないでしょ。僕の差し入れなんだから。それに兄さんは家のお茶会に来る時、いつも何か持ってきてくれるじゃない」
不動「ふむ……だが次のミーティングには、俺がお前のための菓子を用意してくる」
綜馬「ふふ、よろしく。楽しみにしてるね。じゃ、さっそく今日の本題に入ろうか。ユニット名、考えてきた?」
不動「いくつか候補を挙げてこいと言ってきたのはお前だろう? 正直、俺はなんでもいいが。礼が気に入って、礼が何より輝く名前になればそれでいい」
綜馬「そう言うと思った。だから、僕もいっぱい用意してきたよ。僕達『二人』のユニット名」
不動「その封筒か?」
綜馬「並べて見比べた方が決めやすいかなって思って」
不動「すごい量だな」
綜馬「徹夜して考えたんだ」
不動「『twins』、『symmetry』、『reversi』、『unison』……二人とか、双子に関わる言葉が多いな」
綜馬「僕たちのユニットの一番の特徴だからね。兄さんが考えてきた名前は?」
不動「『ivory dignity』、『noblesse blanc』、『gentle noble』、『純白天使(イノセントエンジェル)』……」
綜馬「僕に関する名前ばっかり? 二人のユニットなのに、それじゃあだめだよ」
不動「何故いけない? 俺の役割はお前を輝かせること。お前の一番のファンで、誰よりも近くにいるパッセンジャー、それが俺だ」
綜馬「今は……それだけじゃないでしょ」
不動「それだけではないとは?」
綜馬「今までのLATCH!の活動を通して、僕は兄さんといろんな出会いを経験してきた。LATCH!のみんなが、パッセンジャーのみんなが、僕達をアイドルにしてくれた。アイドルとして僕たちを、いろんなところに連れて行ってくれた。見たことのない景色をたくさん見せてくれた。でしょ?」
不動「それは……否定はしない」
綜馬「だったらやっぱり、僕たち二人の姿が想像できるユニット名がいいと思う。パッセンジャーが応援してくれているのは、僕と兄さんの二人なんだから」
不動「それとこれとは話が別だ。どれほどアイドル活動をしようとも、俺の目的は絶対に変わることはない。これは俺の生きる上での信念だ」
綜馬「だけど……」
不動「俺は俺のルールに則ってLATCH!をやっている。お前の一番のパッセンジャーであること。輝くお前を誰よりも傍から見ること。それを曲げることは、たとえ礼の頼みでも受け入れられない」
綜馬「僕にだって、曲げられない信念があるよ」
二人の視線が交わり、スタジオに張り詰めた空気が流れた。
《後編》
綜馬「……ドーナツ、食べようか。ふたつあるけど、どっちがいい?」
不動「せっかくだから、それぞれ半分に分けるか」
綜馬「よかった。どっちがいいか迷ってたんだ」
不動「これでよし、と。ほら、こっちがお前の分だ」
綜馬「僕の方が大きくない?」
不動「そうか?」
綜馬「ふふ。子どもの頃から変わらないね。お菓子でもなんでも、大人からもらったら、いつも半分こして……いつも大きい方を僕にくれた。『仲良く分け合いなさい』って言われたときには、とっくに分け合ってたし」
不動「俺と礼が何かひとつのものを取り合うなんて、あるはずがない。浅薄な」
綜馬「このドーナツ、猫の形でかわいいね。まん丸な目がちょっと寄ってて……子猫なのかな?」
不動「こねこ、か。……そういえば子どもの頃、そういう言葉をいろいろ言い合った気がする」
綜馬「僕も今、同じこと考えてた!」
不動「上から読んでも下から読んでも同じになる言葉、宿題もせずに二人で探したな。家庭教師には、国語の勉強だと言い訳をして納得させて」
綜馬「たとえば……奇跡」
不動「キツツキ」
綜馬「紳士」
不動「遠い音」
綜馬「歌うたう」
不動「いくらでも出てくるな。しかし、なんであんなに夢中になっていたのか……」
綜馬「僕は……僕たちみたいだなって思ってたから、ひとつでも多く見つけたかった」
不動「回文が?」
綜馬「そう。そっくりのものが、鏡合わせみたいに向かい合ってる。それって、まるで僕たちみたいじゃない?」
不動「そんなふうに考えたことはなかった」
綜馬「鏡合わせのふたつのものが、ひとつの意味を作っている。それって神秘的だよね」
不動「礼らしい感じ方だな」
綜馬「だけど僕たちは、鏡合わせのように見えるけど、全然違う考え方を持っていて、目指すものも違う。双子の兄弟としてだけじゃなく、ユニットのパートナーとして兄さんと一緒にいて、そのことをすごく実感した。LATCH!になってから、兄さんの持つ信念の強さを改めて知ったし、尊敬しているよ」
不動「それは俺もだ、礼。LATCH!に入らなければ見つけられなかった、俺の知らなかった礼を毎日見つけている」
綜馬「新しい僕を知って、嫌になったりしたことはない?」
不動「何を言う。これ以上の喜びがあるはずがない。俺にとってはいつでも、礼が一番だ。何が起ころうと、その思いも願いも、絶対に変わらない。それが俺の信念だ」
綜馬「……ユニット名、決めた。決まった」
綜馬「これだ。tenet。主義、教義、教条」
不動「それは……信念と言い換えてもいいものか」
綜馬「そうだね。僕たち二人が持っている信念」
不動「俺たち二人?」
綜馬「うん。ふたつの違ったものがひとつの意味をなしているってこと。僕たちらしい言葉だと思わない?」
不動「……そうだな。俺たち二人のユニット名に、確かにふさわしい。さすが礼だ」
二人は笑みを交わし、半分にしたドーナツをそれぞれ口にした。